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三、草・木などの名前にみられる方言

(8) きみ (とうもろこし)

『秋田方言』(昭和四年刊)では次のようです。

きび(雄・由)きみ(たうもろこし)
(鹿・南)
ときび (平)たうもろこし
とっきび(雄)たうもろこし(玉蜀黍)
ときみ (雄)たうもろこし

五例があげられでいます。(平鹿)の用例は「ときび」で示されています。現代は「きみ」が使われているのではないでしょうか。

まず、「きび」「きみ」の類があげられ、それと、「とっきび」のように、「とっ」「と」の音を語のあたまにつけた類とがみられます。 「とっ」と「と」は、「とうもろこし」の「とう」からきたものでしょう。「とうもろこし」の「とう」が縮まって、「とっ」となり、さらに縮まって「と」となったものと思われます。

それと、「きび」と「きみ」「きみ」の語の終わりの子音 b と、m の音変化がみられますが、これはあとに考察します。

ところで、もともとの意の「トウモロコシ」についておもしろい解説があるので、『薬草カラー図鑑』[トウモロコシ(イネ科)]の項をみてみます。

[ポルトガルの宣教師が長崎に種子を持ってきてから、もう四百年にもなる。「本朝食鑑」(1697)の著者・人見必大(ひとみひつだい)は、南蛮黍の項目の中で次のように述べている。「南蛮黍(なんばんきび)すなわち玉蜀黍のことである。当今、俗に南蛮黍を唐毛呂古志、蜀黍(たかきび)を唐岐美(とうきび)と言う。わが国では一般に、形状が大きく普通とは異なるものに、外国名を冠せて呼んでいるが、実際にはその国の産とは言えないのである。たとえば、唐黍、南蛮黍、高麗胡椒の類がそれである」として、唐黍、毛呂古志、唐毛呂古志、唐岐美の呼び名は誤っていると言い、唐からでなく、南蛮渡来のものであるから南要黍でなくてはいけないと、達見を述べているのはさすがである。…(略)…]

なるほどとうなずけます。外国といえば、すなわち「唐」(中国)でしかなかった時代のせいで、そこからの誤りというのにはうなずかされます。「南蛮黍」(なんばんきび)が正確な呼び名といえましょう。

しかし、「とうもろこし」と「とうきび」とはちがいがあるのではないでしょうか。『秋田方言辞典』はさすがに明解です。その要約は次のようになります。

<・とうきび・とっきび・とっきみ>
(考)とうもろこし(玉蜀黍)の異名。唐黍は外来新品種の意。
モロコシ(蜀黍)の異名。…(略)…
…なお『たべもの語源辞典』に拠れば、トウモロコシは天正七年(1579)ポルトガル人によって長崎に渡来したという。近世において新しく渡来した食べ物には、唐という字をつける慣例がある(唐茄子・唐芥子など)が、モロコシの蜀はもともと中国をさす字だから、それに唐をさらに付けるのはおかしいことになる。そこで、タマキビ(玉黍)(トウモロコシ)の異名 (その実の小さい玉の行列の美しい形状から付けられた名)の玉をとって玉蜀黍としたものだという。]

「唐黍」にも、また、「玉蜀黍」にも、それなりの名付けのいわれがあり、歴史のあることがわかります。

「黍」そのものについても『広辞苑』では次のように解説しています。

[きび <黍・稷> ・・(キミ(黍)の転) イネ科の一年生作物。インドの原産とされ、中国では古くから主要な作物で五穀の一。古く朝鮮を経て渡来したが、現在はほとんど栽培しない。 (略) 茎は黍稈(きびがら)細工の材料。]

「黍」と「唐黍」とは、まったくちがうイネ科の作物だということがわかります。

ここで、もう一度、『秋田方言』にもどるのですが、そこに取りあげられている「ときび」「とっきみ」類は、これまでいろいろみてきた「唐黍」なのか、「玉蜀黍」なのか、はっきりしないようにみます。昭和四年の『秋田方言』にあげられている、「ときび」「とっきみ」は、かなり古い時代からの「唐黍」としての外来品種名そのものでないかと考えられるのですが、どうでしょうか。「とうもろこし」の名で呼ばれるものは、その後のことではないでしょうか。これは宿題になってしまいます。

さて、残されたのは、「きび」と「きみ」。語の終わりの子音「b」と「m」についてです。

さきの『広辞苑』での「きび」についての解説のはじめにあった≪黍(きび)は[キミの転]≫としているのには首をかしげます。キミからキビに音変化したというのですが、そうでしょうか。逆に、「きび」から「キミ」へ音変化をとったとするならわかるのですが。

方言での音変化の例として、子音 b が m に音変化をとる例がいくつかあります。子音 b はくちびるのはれつ音ですが、おなじくちびるの鼻音 m への移行という変化をとってしまいます。 <荼毘(だび)> が、 <だみ> になってしまうのは、その代表的な例といえます。

もともとは「きび」(黍)だったものが、音変化をうけて現代では、方言「きみ」として発音されているのは、その例証といえましょう。


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