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四、古語をもとにした方言

(12) むぞつらし

『秋田方言』では次のようです。

むぞつらし(平・雄)憫然だ。かはいさう。
「何て むぞつらしい 子供だらう。」
どつらし(平)不憫だ。
「むどつらし 話だな。」
どさかねぁ(平)かはいさう。
「あの児は むどさかねぁ。」

むぞさかねぁ(雄) かはいさうだ。
「迷子をみて むぞさかねぁ と思った。」
むぞさえ(雄)むごい(無慙)。
「むぞさえ 話だ。」
むぞせぁ(雄)かはいさうだ。
「何て むぞせぁ 子だらう。」
むぞえ(仙)かはいさうだ。
「あんな子に仕事させるなんて、むぞえな。」

「むぞつらし」は県南部での分布をみせています。

「むどつらし・むどさかねぁ」の「…ど」は、「むぞ…」の「ぞ」の転訛。もとのかたちは古語「むぞう」に「つらし」の語のついたものと思われます。

まず、「むぞう」からみていくことにします。古語辞典(『旺文社』版)では次のようです。

む・ざう[無慙]ムゾウ  「むざん」の転。
む・ざん[無慙・無慚・無惨]
仏教語。罪を犯して恥じないこと。
乱暴であること。残酷であること。
痛ましいようす。むごたらしいこと⇒むざう。

「むざう」は古い表記のしかた。ムゾウと読みます。「仏教語」とし、用例の文献も『源氏物語』『平家物語』からあげていますから古語といえましょう。

『秋田方言辞典』での解説はくわしい。「むぞ・むぞつら……」の項をはじめ、「むぞい・むぞさかない・むどさかない…」の項のほか、「むどつらい・むぞつらしい……」といった項をあげて、なんともくわしい解説。ここでは、みっつめの「むぞつらしい…」の項の要点をあげると次のようです。

むぞつらしい…、
……≪考≫ ムゾは無慙(ムゾウ)、これに「辛い(ツライ」を重ねて意味を強めた形容詞がムゾツライ([ムドツライ・ムズツライ・ンドツライ]はその転化)、この語幹ムゾツラ形容詞語尾シイ(文語シク活用)を付けたのがムゾツラシイ……

と明解です。古語「ムゾツラシイ」の語尾「イ」の脱け落ち(転訛)をとったのが方言「むぞつらし」というわけです。「むぞつらし」にさらに形容詞語尾「ナイ」(甚だしいの意)を付けて「むぞつらしねぁ」がつくられます。これほどの心痛ましさをつたえる語は、この世にはない!と思わせられるほどの方言といってよいでしょう。

もうひとつの「むぞさかねぁ」について、『同書』は次のようです。

[…ムゾケナイはムゾに「気ナイ」(気は様子、感じを表す接尾辞、ナイは甚だしい意の形容詞接尾辞)の付いたもの。ムゾサイはムゾに形容詞接尾語クサイ(そのように感じるの意)の付いたムゾクサイのクの脱落であろう。また、ムゾサカナイはムゾサイとムゾケナイとの混交語のムゾサケナイの転化。……]

少し難しいと思われるかも知れませんが、『同書』は文法的に、また、音声学的に明確に述べています。要点にしぼり過ぎてしまったのが、理解をむずかしくしてしまったのかも知れません。

「むぞつらし」も「むぞさかねぁ」も、山深い横手山内などではよく使われたようです。いま、年配の方はわかるでしょうが、さて、若い人たちはどうでしょう。死語に近いのかも知れません。それこそ、「むぞつらし」でしょうか。

仏教語「無慙・無慘(むざん)」をもとにした「むぞう」、その形容詞化「むぞい」、さらに「むぞつらし」「むぞさかねぁ」と語を磨きあげ、ふかめてきた方言の道筋…それはそれを求めてやまなかった人たちの心の道筋でもあったといえましょう。ひとつの方言の奥深い磨きあげに、ことばと人との歴史のあとをみる思いがしてなりません。


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