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四、古語をもとにした方言

(11) うだで

本郷の橋をわたると大沢です。梵天で知られる旭岡山があり、十一面さんの山がみえ、ぶどうの名産地としても知られる大沢の羽根山に、筆者の昔からの本家があります。祖母の出た家なので、筆者の幼少時には、羽根山の本家のおばあさんが年に一二度はみえて泊まっていくものでしたし、聞くとはなしに耳にする話のなかに「うだで」があったものです。 昭和初年代、そのころの横手の町では聞くことなかったことばでしたから、鮮明に記憶に残っています。

『秋田方言』にも、横手での用例は示されていません。

うだで(鹿・南・市・仙)
悲惨な、いやな。 「あそこの家は、うだでものだ。」

「みじめだ。心がしめつけられるほどせつない。嘆かわしい限りだ。」といった意。『秋田県南地方の方言集』には、「うたて」と清音表記で示されています。

うたて   悲しい。悲惨。

横手の両隣の「仙北」「雄勝」にみられる方言ですが、厳密に言えば、横手の方言とは言いえないのかも知れません。しかし、昭和初年代、筆者が聞いた「大沢の方言」と言うことで、ここでは取り上げておくものです。大沢は山内という山深い地域の入り口にあたるところですから、山内同様、古語が語られ、古語が残されているのも不思議ではないでしょう。

古語辞典(『角川』版)では次のようです。

うたて(副) (「うたた」と同源)
ますますひどく。いよいよはなはだしく。
常ならぬさま。異常に。
不快なさま。うとましく。

うたた [転(うたた)](「うたて」と同源)
(動詞「あり」を伴って)
イ、常ならぬさま。異常に。はなはだしく。
ロ、不快なさま。いやらしく。うとましく。
いよいよ。ますます。

うたて・し (形ク) 情けない。不都合だ。
…* 「うたて」は形容動詞に用いることもあり、「うたてい・うたてさ・うたてう・うたてしい・うたてしさ・うたてしう・うたてな・うたてなこと」のように、近世初期では形ク・形シク・形動が併存。

辞書には「うたて」と清音表記。用例によれば、『万葉集』にも、『源氏物語』にもみられるとしていますから、古語です。古語をもとにした方言というよりは、古語そのものということができましょう。しかし、「うだで」と語中・語尾での濁音化(訛音)をとりますから、方言ということになります。

『同書』では、[うたてし]の語変化のいくつかをあげていますが、そのなかでの[うたてい→うだで]、また、[うたてな→うだでな]と訛音をとるのも方言のひとつです。

『秋田方言辞典』では次のようです(くわしい解説ですので要点のみ)

うたてい
……-「うたて(副)」は、「うたた[転](副)」(事態の進むさま)を原形とし、語義は事態が自分の意志と無関係に極度に進行していくところから、嘆く気持ちを帯びている。そして、この「うたて(副)」を形容詞化したものが「うたてし」(形)。…
……[ウダデェ・ウダデ]は、[ウタテー]の転化。

現代は、他人の気持ちを推し量るとか、その気持ちを大切にするとかということはご法度。ヒトはヒト、オレはオレで、せつなくもかたくなにわが城を出でず、のような風潮です。合理がたてまえで。「うだで」世の中です。

方言「うだで」には、相手への思いやり…想像とか、思慮とか、推量(おしはかる)といった人間らしい感情のはたらきを精いっぱいに自他に向けるものだったのです。いま、人間らしい感情の向けようが否定されるようでは、それこそ、「うだで…」の一語につきます。


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