一、くらしの中の方言(12) 「あがってタンセ」 「のんでタンセ」横手の雪祭り「かまくら」は、雪と灯りの幻想的な美しさで知られていますが、また、そこで交わされる方言「あがってタンセ」「のンでタンセ」など、雪国横手ならではの落ち着いた、あったかな情緒をつたえてくれます。 「かまくら」での挨拶語として「(甘酒を)ノンデタンセ」「(餅ヲ) アガッテタンセ」「(水神様を)オガンデタンセ」などとつかわれます。 どれも終わりに「…タンセ」がついていて、思わず引きこまれてしまうといったひびきと、あったかさを感じてしまいます。「家に入って…」をいうときの「アガッテタンセ」もあるのですが、「かまくら」では、「(餅を)召しあがってください」を意味します。「クテタンセ」もありますが、ていねいさは「アガッテタンセ」が一段上ということになります。 昭和四年の『秋田方言』(秋田県学務課編)の<第二編 方言の語法的考察>に次の記述があります。
全県的にみての考察ですから、たとえば「たんへ」「たんえ」など、横手の方言からは少し遠い感じもするのですが、語中の「ん」を、「ン」と短めに発音したときの「たンへ」「たンえ」、あるいは脱落したかたちの「たへ(たエ)」はいまでもつかわれているといえましょう。 同書の <第五章 動詞> には、[「<たんへ> <たんえ> …下さい・ たまへ…の二つは「たまふ」の第四活用形「たまへ」の意味と思われるが…]としています。 『秋田方言』での記述では「たまへ」とひらがな表記ですが、古語辞典では次のようです。
方言「たンへ(たへ)」「たンえ(たえ)」は、古語の(賜ふ・給ふ) の命令形[賜へ][給へ]をもとにする語で、出身を古語とするものであることが明らかです。日常、使っていることばが、なんと平安時代のことばをもとにしているのですから、これはおどろきです。 ところで、「タエ」より、いっそうていねいな語に「タンセ」があるのですが、「食テケレ」「食テタエ」「食テタンセ」と方言では、<ていねいさ> の体系を整然ともっていることがわかります。それに、その「ケレ」「タエ」「タンセ」のそれぞれのタイプ(仮に)のなかに、もうひとつの <ていねいさ> の度合いを示す体系が並んでいることがわかります。表にすると次のようです。
①②③のそれぞれのタイプの中でも、「クテ」よりは「タベテ」、 「タベテ」よりは「アガッテ」とくていねいさ>の度合いをつよめます。 そのうえに、語の結びとしての「ケレ」よりは「タエ」、「タエ」よりは「タンセ」とその <ていねいさ> の度合いをそれぞれつよめているのがわかります。③の「おあがりなさって」は最上級の <ていねいさ> です。 ①の「…ケレ」は「呉れ(くれ)」の訛音です。②の「…タエ」は「ください」に対応していることがわかります。 方言では、「クテケレ」「クテタエ(クタエ)」「クテタンセ」とつかわれるのに対して、標準語では、「食ってくれ」は、まず、いいとして、「食って + ください」「食って + くださいませ」は語の結び方がちがうので、どうしてもちぐはぐです。それでも、<たのむ文> として「…なんとか食ってくれ」のようにつわれることはあるようです。こうした例をのぞけば、標準語と方言との対応はきちんとしています。方言では、ちぐはぐな例はひとつももたず、整然とした体系をもってます。 ところで、③の「タンセ」です。『秋田方言辞典』では次のようです。 かなりのふかい説明のため、ぺージ数も多く、ここでは要点を並べることにします。
少し難しいのですが、要点は、古語「たまわる」から[タモル→タモレ→タンセ]への音変化であることをとらえています。 「賜う」のもともとの意は、<話し相手に対し、へりくだる意→謙譲語・尊敬語> だったのですから、「タエ」も「タンセ」もその <ていねいさ> を、ちゃんとうけついでいるわけです。横手の土地柄からいっても、小野寺氏が築いた「平城」「横手城」の城下町であったし、佐竹氏が秋田に入ってからの「横手城」としての成り立ちも、人やもののうごきとあいまって、時代の風がことばをはこんだものでしょう。身分制度のきびしかった武士、また、町人のことばにも大きく左右されながら、<へりくだる> 対人関係を濃密に発展させたであろうことがわかるというものです。 これまで、横手の方言のひとつ、「タエ」「タンセ」をみてきました。 たかが「タエ」「タンセ」なのですが、古語を出身とするのですから、遠く「かぐや姫」の時代からの語といえるし、時代の波にもまれもまれして今日に生きているといえましょう。横手の人たちの身のまわりの人たちへの「へりくだった気持ち」、その「ていねいさ」をつねに大切にしてきた歴史的な語のひとつといえます。 「かまくら」での挨拶語のもうひとつ、「また、おざってタンセ」と外来の人を送るのですが、この語にこめられた、さりげなく、そしてふかい「ていねいさ」は誰の心にもひびくものであることを誇れると思います。それに、次の一書の指摘は言語学のことばなのですが、横手の方言、「タンセ」のためのものであるといつていいでしょう。(『日本語文法形態論』第七章・動詞(2)いいおわる形 319ぺージ)
横手の方言「…タンセ」も、「化石的にのこっている」そのうちのひとつといえるでしょう。一千年余の時のひだに身をおきながら、雪ぶかい里の四季に育てあげられた、「…タンセ」……<ていねいさ> をあらわすだけでない、この語のもつ、おだやかな、あったかなひびきにほれぼれしてしまうといっていいでしょう。ゆたかな方言の味といえるのかも知れません。 ☆[つけたし]手もとに、『合唱組曲/東北讚歌』(宮沢章二作詞/湯山昭作曲)の楽譜があります。その『5/かまくら幻想』の合唱を南小学校合唱部の生従たちが歌って、全国一の賞に輝いたことがあります。「かまくら」の夜には会場にながされて聞くことができます。この『かまくら幻想』の詩は、「タンセ」からはじまり、「タンセ」で終わるのですが、「タンセ」の全国版ともいえるでしょう。美しい曲です。 合唱譜は音符にひらがなで書かれていて、書かれた詞のそのままがこれではわかりません。勝手に想像してみました。作詞者にはお詫びいたします。 「タンセ」ではじまり、「タンセ」でおわる横手ならではの情緒を満喫させてくれる詩です。 かまくら幻想
水神様ぁ おがんでタンセ |
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