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一、くらしの中の方言

(4) 出はる・出はた

 

「出る」ということばのほかに、わたしたち横手地方では、「出ハル」「出ハタ」をつかうときがあります。
「あっ、月出ハタ……」
この「出ハタ」は、「出ハル」「出ハレ」のようにも使われて、それこそ、いま、「出た」「出る」の様子・感じをよく言いあらわしています。

この「出ハル」は、ふつうの辞書にはみえないようです。ただ、「で・は」については『広辞苑』と『古語辞典』(角川)がとりあげているようです。 まず、『広辞苑』からみていくと次のようです。

で・は【出端】
でかけるとたん。でしな。でば。
各種の芸能で諸役の登場。また、そこに用いられる音楽・唄・踊などをいう。
(③④ …略)

「で・は(出端)」と名詞のかたちででています。
『秋田方言』(昭和四年刊・秋田県学務課編纂)の <第三編 語彙> では次のようです。

ではる(動四)[鹿・南・河・仙・平・雄・由]
出る。 <「そんなに前にではるな。」>
でふぁる(動四)[南・河・雄]
外へ出る。  <「でふぁるとごしゃかれる。」>

だいたい、全県にわたってつかわれていた方言であることがわかります。

「で・は」が名詞のかたちだったのに対し、方言「ではる」は動詞のかたちであることがわかります。 「は」が、「ふぁ」に転訛した、「でふぁる」も例示されているのですが、横手平鹿地方でも聞かれない方言ではないでしょう。くちびるをつかって発音するこの「ふぁ」は、古代の発音をいまに残すものといわれます。

ちょっと横道にそれたみたいですが、もう少し横道をいそいでみましょう。『秋田民族語彙辞典』(堀雄次著・無明社刊)におもしろい、「デハレ、デハレ」があるのでご紹介しておきます。

デハレ、デハレ(出はれ、出はれ)
雄勝郡羽後町西馬音内において一月十五日の小正月の夜に、子どもらと青年が集まり、町内でこの一年間に新しく来た婿や嫁のいる家と、新築や転居・開店した家の門口ごとに集団を組み、<デハレ、デハレ> と連呼して歩いた。いくら呼んでも何もくれないと、雪玉を投げつけたり、悪戯をされるので、蜜柑・菓子などをやると次の家に廻って行く。

西馬音内は横手と同じように歴史の古い町です。あの有名な「西馬音内盆踊り」を今につたえている町です。その小正月行事に、それが、「デロ、デロ」では、なんかこわい感じになってしまうし、また、「デレ、デレ」でもサマになりません。「デハレ、デハレ」は言い得て妙、まさにぴったしです。

方言「デハレ」は、もともとのかたち、「出端(では」の動詞化かと考えられます。
   ・ 「 <出端> れ」……デハレ
   ・ 「 <出端> る」……デハル
   ・ 「 <出端> た」……デハタ
「<出端>れ」に対応する標準語は、「出ろ」(命令形)になるのでしょうか。方言では語尾を「……レ」にかえて、「デハ・レ」となります。「オキロ(起きろ」「ネロ(寝ろ)」が、方言ではきまって、「オキレ」「ネレ」になるといったふうにです。

ところで、「出端(では)」の「端(は)」と同じようにつかわれている、「たちは」(立端)のあることに気づかされます。横手の奥、山内のあちこちの集落の酒盛りのおしまいに交わされる、「タチハ」、また、「タチハン」という盃のやりとりのそれです。「デハ」も「タチハ」も、かなり古い時代のことばではないかとおもわれます。いそいで、「古語辞典』(角川)をひくと、ちゃんと出ています。

「立(起)ち端(は)」
(席などを)立つ機会。 立ち去るしおどき。

「……ハ」はりっぱな古語なのです。山内の奥の集落に古語がちゃんと、りっぱに生きていたのです。そういえば、宮城県の民謡「お立ち酒」は、その「タチハ」の哀歓をうたって有名です。古語「立ち端」(立ちは)から出た「お立ち酒」であることに間違いないでしょう。

それでは、「デハ」はどうなのか、おおいそぎで同じ辞書を引いてみたら、ちゃんとあるのです。

「出端」(デハ) 
出る瞬間。立ち出る時機。 「あれあれ、いま月の出端じゃ…」

ちゃんとした古語であることがわかります。その古語、「出端(デハ)」をもとにした「デハタ」「デハレ」であるといえます。出身を古語とする方言といえましょう。

辞書の用例にある、「あれあれ、いま月の出端(では)じゃ…」の「では」のもつ、瞬間の意味と感じを、うごきそのものをあらわすことばにしてしまったのが「デハタ」をはじめとした、「デハレ」「デハル」の方言です。この「月の出端」の用例でみるならば、まるで、月そのものがうごきの意志をもつものであるかのように、みてとっているといえるのです。月のうごきに意志をみるということは、月の出に心のやすらぎを待つもの、ひたすらに待つものの意志でもあって、美しいものに心ひかれる、美しさへの喝仰がはたらいているということです。

「月の出端」にかぎらず、わたしらは日常においても、「デハタ」「デハル」を、よくつかっています。「いま、出ハたしい」とか、「いま、出ハるどこだしい」などと使うのには、敬語的なニュアンスも加わるのですが、もともとの古語「出端(では)」に通じる、美しいものへひかれる心情があってのことばであることを見直したいものです。


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