横手方言散歩サイトロゴ

一、くらしの中の方言

(11) ンだンしィ

しィ」 は横手を代表する方言のひとつといえましょう。「しィ」は、「でねしィ」とならんで女性が話すときなど、ゆかしさというか、どこかしっとりとした内町情趣といったものをあふれさせます。 「ンだ」は、「そうだ」(“みとめ” <肯定>)の意をあらわす方言で、「しィ」は、その“ていねいないい方”をあらわす方言です。「でねしィ」はおなじ“ていねいないい方”の“うちけし”(否定)という文法的なかたちです。

この「しィ」が、横手を代表する方言だということを『秋田方言辞典』では明確な考察が示されています。『同書』の≪東北方言区画と秋田方言区画≫の項にある、≪秋田方言区画とその特色≫で、<(秋田方言の)各地区の特質を表す例として、話の相手を敬う聞き手尊敬の言い方、標準語の「戻ります」「戻りません」「そうです」についてみると、大体次のようになる> とあって、次の表が示されています。

鹿角県北中央
* 秋田市
県南本庄市
戻りますドランスドルッシドルシ
* モドルデアンス
ドルンシドリアンス
戻りませんドラネァンスドラネァッシドラネァシ
* モドラナガンス
ドラネァンシドリアヘン
そうですソーダンスンダッシンダシ
* ソーデアンス
ンダンシデゴザリアンス
デガンス

いくつかの解説があるのですが、ここでは略します。

この表の「そうです」に対応する方言の、各区画的特質をみると、秋田方言のなかでの「ンだンし」の位置が県南であることがはっきりわかります。「そうです」の方言は各区画にそれぞれあるわけですが、「ンだンし」のかたちをとる区画に県南があるということは、横手を代表する方言といいかえたとしても、間違いとはいえないでしょう。

ところで、『秋田方言』(昭和四年刊)では、「“ん”の部」に(語頭に“ん”のつく方言)を全県から95例をあげています。とうぜん、「ん」(はい/返事)、「んこ」/(大便/小児語)「んか」(いやだ)のように全県的につかわれている方言があげられていますが、<横手・平鹿> の例として、「んがおたもの」(貴様のような)、「んにゃたもの」(汝如きもの)もあげられています。それらのなかで、<横手・平鹿> の例として特徴的なのが、次にあげられている「んだ」に関係する23例です。どれも語のはじめに「んだ…」がつくものばかりです。

 * 「んだ…」のつく方言(横手・平鹿)

んだ全県さうだ。
んだえてがそんだから。
んだおのさうだもの。
んだっけさうだったよ。
んだけぁさうだった。
んだげぁ平・雄さうですか。
んだけなんすさうでしたね。
んだしたさうですよ。
んだしゃさうだよ。
んだたって南・平・雄だって。
んだてもそれでも。
んだどさうだど。
んだどんしょさうださうですよ。
んだなさうだね。
んだなんしさうですね。
んだのさうだ(然り)。
んだら平・雄そんなら。
んだべしゃ仙・ 平さうでせうよ。
んだべたさうだらうさ。
んだんす平・雄さうです。
んだんべでぁさうであらうよ。
んでねぁんしさうではありません。
んでねぁんすや平 さうではありませんよ。
(* 用例は略)  

方言 <「んだ…」群一覧> ともいえるものです。横手・平鹿に集中しているのもおもしろいといえます。この一覧の配列は、五十音順ですが、「んとせぁ」「んまれる」「んめぁ」「んめぁもの」「んめる」などは、この一覧にあげず、略しました。この <んだ…群> 一覧を、もう少していねいにみていくと次のようになります。

 みとめ うちけし
ふつうのいい方 ン だ ンでねぁ
ていねいないい方 ンだンしィ ンでねぁンしイ

ふつう、「そうだ」の≪みとめ方≫、≪ていねいさ≫という文法的なかたちは四つにわかれるとされますが、それを方言「ンだ」におきかえても、その文法的なかたちはかわりません。

≪みとめ方≫はふたつあって、<みとめ>(肯定)、<うちけし>(否定)。≪ていねいさ≫もふたつあって、<ふつうのいい方> と <ていねいないい方>。もとになっている文法的なかたちは四っつです。これに、≪とき≫、≪きもち≫を加えたのが次の表です(これは、『日本語文法・ 形態論』鈴木重幸著の p 419ぺージのテキストをもとにして、方言「だ」の文法的なかたちを当てはめてみたもの)。

ふつうのいい方 ていねいないい方
みとめ うちけし みとめ うちけし
いいきり すぎさらず でねぁ しい でねしい
すぎさり だった でねぁがった した でねがったしい
おしはかり すぎさらず だべ でねべ しべ でねがったしべ
すぎさり だべおの
だべお
でねべおの
でねべお
だったしべおの でねがったしべおの

もとになる「だ」の文法的な位置と、「ンだしィ」などの文法的なかたちとがはっきりします。「しィ」は <ていねいないい方> の <みとめ>(肯定)、「でねしィ」は、おなじ <ていねいないい方> でも <うちけし>(否定>という文法的なかたちをとっていることがわかります。

横手らしい方言という特徴は、まずは、<ていねいないい方> という文法的なかたちにあったということができましょう。

その文法的なかたちのうえに、もうひとつかさねられるのが、「ン」の鼻にぬけて発音される <はねる音> がふたつもあって、どこか甘えるようなひびきと、語のおしまいの「し」(「しィ」)の澄んだ破擦音とあいまって、<ていねいさ> をきわだたせます。ここに横手らしい方言といわれる秘密があるといえましょう。

方言「ンだ」の文法的なかたちで、もうひとつ特徴的なことは、<おしはかり>(推量)にみられる「べ」です。<ふつうのいい方> にも <ていねいないい方> にも「べ」はくっつきます。<すぎさり>(過去形)での文法的なかたちには「べおの」か、「べおン」をつかいます。 「べおん」は <ていねいないい方> にはつかわれませんが。

こうみてくると、「ダ」「しィ」にみられる文法的なかたちは、標準語のそれよりもその法則性を貫徹させていて、整然さを見ることができるといえましょう。

おしまいに、「しィ」の語尾についてみてみます。
「ンだンし」というときと、「す」というときとがあるようです。「しィ」と少し長めにいうと、<ていねいさ> をつよめるようにみるのですがどうでしょうか。もともとのかたちが、「そうです」であったように、方言も「ンだンす」だったかも知れません。昭和初期の『秋田方言』の用例でも、「んだんす」をあげています。語尾の「し」と「す」の両方に揺れうごきながら、今は、「し」「しィ」の方が優勢ではないでしょうか。

おもしろい言い方に、「しイ」「だンす」のその語尾を短めにつよめに発音すると(とくに男性が)、なんかひどくごしゃいている感じをあたえることがあったりします。これは、<ていねいないい方> という文法的なかたちをとりながら、ごしゃいているのですから、この方言にはたらく独特な表現性にはおどろかされるものがあります。

とにかく、「ンだンしイ」「ンだンす」はともに、横手らしい独特な表現性をになっている方言といえることは確かです。


外部リンク

単語検索


ひらがな/カナ:
区別しない
区別する