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一、くらしの中の方言

(10) しまぐたで……

『秋田方言』では次のようです。

しまぐぁならねぁ   (平・雄)
しまつにおへぬ。 「しまぐぁならねぁ程、魚がとれた。」

横手では、このかたちのほかに、「しまぐ・たで・せねぁ」「しまがぁ・なねぁ」などもあります。これは「しまぐ」の語の次に、「たて(で) 」が入ったかたちに、「せねぁ」がくっついたもの。「せねぁ」は「…することができない」の意。「しまがぁ」は「しまぐ」の「ぐ」の音変化によるもの。

ここでは、「しまぐ」と「…たて」を追ってみることにします。まず、「しまぐ」から。古語辞典では次のようです。

し・まう・く  −モウク  [為設く]  準備する。
「畳厚らかに敷きて、果物、食物為設けて…」 (「宇治拾遺 1・16」)
(「角川」)  

古語辞典では、まず、この「しまうく」に目がいくのですが、『秋田方言辞典』は、これをとっていません。古語辞典にあるもうひとつの「しんまく」をとっているのです。

しん・まく [身莫・慎莫]
身のまわりの処置。身じんまく。
まじめなこと。実直。
……におへ・ぬ  始末に困る。

『広辞苑』も、これと同じ。

しん・まく [慎莫]
よく物事の始末をすること。よく身のまわりの処置をすること。みじんまく。
実直なこと。律儀。まじめ。
−に負(お)えぬ  進退きわまる。始末に困る。

「しまぐ・せねぁ」の「しまぐ」のもともとのかたちは、「しんまく」であることがわかります。耳なれない語ですからびっくりです。古い時代からの語にちがいありません。『秋田方言辞典』では次のようです (くわしい解説ですので、ここでは要点のみ)。

しまく ならない・しまく せない
…(考) −しんまく[慎莫]  あとしまつをすること。処置をすること。…−「シマク ナラナイ」「シマクセナイ」は、江戸語「しんまくに負えぬ(いかない)」の方言形。……また、「シマグタデ ナラネァ」は、[シマグシタデ ナラネァ」の「シ」の脱落  「しんまく」の語源については、a [慎しみてなす莫れの意か](『安斉随筆』)とか、b [尻巻くの意で尻舞の転](『上方語源辞典』]とかいうが、未詳。
−近世中期から現れる。江戸語。……

「シマグタデ ナラネァ」の語のかたちが、ようやくみえてきた感じです。江戸語の「しんまくに負(お)えぬ」がもともとのかたちということもわかります。「シマグ セネァ」「シマガァ セネァ」とも使われるかたちですが、「シマグタテ(デ)セネァ」のかたちも使われます。

この「…タテ」について、『同書』では次のようです。

たて・ならない
しきれない。動詞の連用形に付いてその動作を完了できない意を表す。事物・用件等が際限なく多く、または続出してその事をなし尽くしがたい意。

…「…タテナラナイ」のタテは…タテルの連用形の名詞化。「…タテ」に強意のため間投助詞「ーァ」(haの転)または係助詞「モ」が付いて「…タテァー ナラネァ」「タテモーナンネ」ということもある。「ナラナイ」は「することができない」の意。……

「シマグタテ・ナラネァ」のかたちが「シマグタテ・セネァ」(…することができない)のかたちをとることもあります。

この「…タテ」のつかわれる語はほかにもあります(『同書』より)。

わめきたてる
騒ぎたてる
がなりたてる
飾りたてる
書きたてる
はやしたてる
まくしたてる

意味・用法は少しづつ異なるとしても、わたしらの日常のなかに、たしかに生きているものばかりです。方言のかたちでは次のようなものがあります。

酒 飲みタデ ならねぁ
わらび 採りタデ ならねぁ
この落ち葉 掃きタデ ならねぁ
はらわりくて ごしゃぎタデ ならねぁ

ひとりでだば 拭きタデ せねぁ
十キロなど、走りタデ せねぁ

この「しまぐ・たて…」の道も、はじめっから迷い道で、ようようもとの道に出られたかっこう。途中、ほんとうに、「しまぐ・たでせねぁなぁ」と思ったりもしたところ。これも『秋田方言辞典』に助けられてのこと、またまた元気をとりもどしました。方言散歩の道にとって、この辞典は元気のでる一書です。


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