二、身体部位にみられる方言(10) けつたぶ昭和四年刊の『秋田方言』には、「けつたぶ」はみえません。次のように「けつ」があるだけです。
ふたつめの「けつ」は、「百メートル走でがんばって走ったども、ケッツになった」の「けつ」です。「びり」と同意。三番目の「げつ」はまったくわかりません。考えに考えて、ようよう思い出せたのが、「げっぴり」ですが、示されている意味とはむすびつきません。 そんなわけで、「けつたぶ」は全くみえません。これは方言でしょうか。まず、「たぶ」からみていくことにします。 はじめに、横道にそれることになるのですが、似た語の「耳たぶ」からみていくと次のようです。
文章語として「耳朶(じだ)」があり、「みみたび」(和名抄三)ともありますから、これらの語はかなり古い時代からのものといえそうです。 しかし、古語辞典にはみられません。「…たび」「…たぶ」「…たぼ」とあるのは音変化のあとを示すものなのかわかりません。「やわらかく、たぶたぶした」という形容からの語かなと思ってもみるのですが、はっきりしません。 「けつたぶ」はみえない『広辞苑』ですが、「しりたぶ」は次のようです。
「けつ」は、どこかに追いやられて「しり・たぶ」のかたちで示され、いろいろな言い方のあることを付けたしているのがわかります。 横手地方では、「けつたぶ」のほかに、「けっつたぶ」「けちたぼ」の語もあります。『秋田方言辞典』では用例豊富に、「しりたぶ」「けつたぶ」などの解説がくわしいです。ここでも要点的に引用すると次のょうです。
[ケツタブは「尻臀(しりたぶら)」の方言形]と明解です。「たぶら 臀」については、[尻股などの、ふくらんだ筋肉の多い部分。タブラは肉の多い所をいう古語]とじつに明解です。「タブ」「タボ」と発音されるのは、古語のタブラのラの脱落と、音変化(転訛)としています。辞書にもみえない、「ケツタブ」は、やはり、出身を古語とする方言といえましょう。 このあたりで、一件落着ということになるのですが、どうもケツが気になってしようがありません。そこで、「けつ」について『広辞苑』と『秋田方言辞典』の説明を借りてみると次のようです。
「けつ」は多義語のひとつ。「けつたぶ」の「けつ」の意味は③。この『広辞苑』の説明は少し不親切で、(俗に)の意味が「尻」のように錯覚されてしまうような記述のしかたですが、(俗に)の意味するものは、はじめに掲げてある「けつ[穴]」そのものです。「俗に穴(けつ)という」ということです。ふつう、「俗語」といわれるものです。少しだけ説明しておきましょう。
「けつ」は俗語。俗語と言うことで、「けつたぶ」など辞書にものせられない運命を背負ってしまうわけです。そうしたわけで、「けつたぶ」「けつたぼ」の語は、出身を古語とする俗語のひとつということになります。方言というわけにはいきません。ただ、「けっちたぶ」「けちたぼ」のように音変化をとったかたちのものは方言でしょう。 『秋国方言辞典』も明解につぎのように述べています。
『同書』は、「けつ」「けっつ」から、「げっぶり」「げっぶ」まで、多くの用例を並べて、そのくわしい考察は数ぺージにもおよぶものです。 ここでは省略して次にすすみます。 さて、ほんとうに、これで、「けつ」(びり)になるのですが、ちょっとだけ俗語について触れておきます。「けつ」のためにも。 「くだけた言い方、下品な感じ」ということで、俗語は、ほかの語と一線を画されるのですが、例をわかりやすい「つら」(「顔」の俗語) にとって次のことだけははっきりさせておきたいのです。 「つら」をすべて「下品な感じ」ときめつけるわけにはいきません。 語と語を結びつけてつくられる[あわせ単語]にそれがはっきりします。 左に「つら」の[あわせ単語]、右を「顔」におきかえてみたのが次です。
「つらがまえ」「つらだましい」などは、「つら」だからこそ生きる語で、「顔」でおきかえられるものではないでしょう。 「つら」にみられる[あわせ単語」の例のように、俗語だからといって切り捨てられるものでなく、それなりの意味と、語感にはすぐれた表現性をみることができましょう。 ですから、「けつたぼ」も「けつたぶ」も俗語だからとして非難されるというものではないでしょう。「けつたぶ」「けつたぼ」にもそれなりの表現性をもたされているのですから。 |
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