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五、平鹿方言考(細谷則理著)を歩く

(4) おわりに

平成18年(2006)8月8日、『横手郷土史研究会・80周年記念の会』が開催され、「秋田県郷土史研究の先人に学ぶ」(講師・田口勝一郎氏) の講演での、横手の先人たちの歩みにあらためて感銘を深くしたものでした。その先人のひとり、細谷則理にも言及されたのでしたが、やはり、地方史研究家としての側面がつよく、方言研究の足跡については語られなかったのは残念でなりませんでした。

『平鹿方言考』のみならず、『秋田方言』(県学務課刊)編纂委員の足跡などをみてきたひとりとして、どうしても、この80周年記念の年に、細谷則理のこれまであまりとりあげられずにきた「方言研究」の足跡をなんとかまとめねばと思うことしきりでした。いま、なんとかまとめてはみたものの正直なところ、その一端にわずかに触れることに終わってしまい、自分の不勉強さ、力なさを痛感するばかりです。

明治期の方言研究の草分け的な存在であった細谷則理の、その一端に追ることで、これからの研究の一助にでもなることができるのであれば望外のよろこびです。


細谷則理は地方史研究家であり、歌人でもあり、また、方言研究にも大きな足跡を残しました。そのうえ、「秋田県地理唱歌」・「秋田県歴史唱歌」(ポケット判)の出版・刊行の足跡も残しました。横手図書館蔵「新撰 秋田県地理唱歌 全」から横手を歌った部分を次にあげてみます。

44 清原氏の住みたりし
金沢柵のあと訪へば
昔の事を告げがほに
老木の杉に嵐吹く
45 兵(つわもの)伏セし その上に
雁の乱れし 野やいづこ
名の流れたる厨川
むせぶ水音ものすごし

47 国、県道の四通して
四方の産物より集ひ
商(あきない)しげき 横手町
実(げ)に県南の 一ぞかし
48 代々戸村氏 住まれつる
阿桜城趾 ここにあり
その眺望のすぐるれば
いま公園と せられたり

巻末の広告欄には、「歴史唱歌」も同じように、鍛冶町大沢鮮進堂出版とされています。「歴史唱歌」のほうは、図書館蔵にも残されてはいなかったようです。あきらめかけていたところ、『秋田県教育史』に、このふたつが、ともに楽譜つきで掲載されていることを知りました。それによると、「秋田県地理唱歌」は明治33年12月13日に、「秋田県歴史唱歌」は明治34年4月7日に刊行されたとあります。この時代の出版事業という文化の先端にかがやく大沢鮮進堂と、細谷則理との親しい連携ぶりがみえてくるというものです。

このほかにも、大沢鮮進堂の出版は主に教育面にも広くおよんだことが広告欄からみえてきます。鮮進堂店主・大沢堅治氏と細谷則理との地方文化へのともしびを高くかがけた、そのあらわれのひとつだったことも知らされます。

ふたりの深い親交に結ばれていたことのひとつのあかしとして、次のエピソートをあげることができると思います。

命名書鮮進堂店主・大沢堅治氏と細谷則理は、同じ年生まれと聞きます。親交あつかった大沢堅治氏の三人のお孫さん誕生に際して、その名付け親が細谷則理だったというのです。このエピソードを語ってくださったのが、その名付けをうけられたご当人、田鶴子(たづこ)さんです。その名付け書(命名書・由緒書)までも送っていただき、お借りすることもできました。お話によると「『田鶴(たづ)子』は三番目の孫で、一番目『須賀子』、二番目『兌貞(みちさだ)』も細谷さんの命名」ということだそうです。お借りした命名書は、すでに70年もの時を経て、もういまでは触れるとかさかさと崩れてしまうような状態……でも、なんとか複製、コピーまでしてくださり、送っていただけたもの。

さすがに細谷則理です。中国最古の詩集『詩経』を出典とするというのですから、名付けのふかさに驚かされるというものです。ちょっと難解な語句は「九皐(きゅうこう)」。辞書には「奥深いさわ。深く遠い所のたとえ」とあって、「鶴鳴く」とともに、この詩句のキー・ポイント。


大澤家の名に因んで

『詩経』の
鶴鳴干九皐(つる きゅうこうに なき) 聲聞干天(こえ 天に きこゆ)≫
の祝意から
大澤 田鶴子    と命名。

命名の由緒です。この≪鶴九皐に鳴き≫の詩句から、『九皐の鳴鶴』(キュウコウのメイカク)という成語も生まれたといわれます。この詩句の意味は「奥深い沢地で鳴いている鶴。その声は天まで聞こえる。つまり、身を隠していても有名になるたとえ。」と辞書にあるように、≪遠く奥深い沢田に鳴く鶴≫という深遠さを湛え、≪田鶴≫の天に聞こえる風趣とあいまって、やがて舞い立つであろうという余韻までうかがわせます。この詩句を出典とした、細谷則理の滋味あふれる名付けの深さがわかります。漢文学者であり、歌人でもあった細谷則理ならではの命名には、ただただ感嘆するばかりです。

この細谷則理の名付けに込められた、深遠な風趣あふれる≪田鶴≫の命名を一身にまとわれ、成長された田鶴子さんは、『第一回秋田県現代詩人賞受賞』の現代詩人です(もと教師。詩集数冊。十文字町在住)。

しかも、夫君駒木勝一氏は、国語教育家・音声教育研究家として秋田県のみならず、全国的に知られた方言(音声)教育の実践家であることも考えあわせてみれば、歌人であり、また方言研究家でもあった細谷則理との不思議な縁を思わずにいられません。

いまごろ、細谷則理は、遠くどこかから、にんまりとほほえんでおられるのではないでしょうか。


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