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五、平鹿方言考(細谷則理著)を歩く

(3-4) 平鹿方言考を読む
  <第六章> 助詞


 
 に 「既に」「稀に」「互に」の如き[に]、又、「竹に雀」「月にむら雲」」花に風」の如き[に]は、[に]といへども、その他は多く[サ]といふ。…略…

例、山に行く ⇒ 山サ行く
紙に書く ⇒ 紙サ書く
一に二足す ⇒ 一サ二足す

 へ(エ) エとはたえて言うこともなく、之も[サ]といふ。

例、東サ出だ、山の方サ行げ   (以下、略)
(*注⑪)  


*注⑪<第六章> は「助詞」についての考察。

名詞そのほかにくっつきのかたちでつくので、「くっつき」ともいわれます。古くから「弖爾乎波(テニヲハ)」といわれるのがこれです。

ここでとりあげられている「くっつき」の例は二十数例もあげられ、やや羅列に過ぎるのですが、ここではその多くを省略。そのなかのいくつかを簡単な表にまとめ、あとに(注)のかたちで少し加えてみました。 道先案内の役を果たせない部分の多くなってしまったのには辟易するばかりです。

 
「助詞」にみられる方言のかたち(そのなかから)

」「」 ⇒ 
行く  ⇒  山 行ぐ
) <脱け落ち>
持って行け ⇒ 火〇もって行げ
(〇は略のかたち)
) ⇒ (
月  出た  ⇒ 月  出だ
ばかり」 ⇒ バリ
菊 ばかり 植えた ⇒ 菊 バリ 植えだ
」 ⇒ 
この本は私の  である ⇒ わたしの  だ
とか」 ⇒ デガ
明日行く とか  ⇒ 行く デガ
といふという)≫  ⇒  <ヂョウ> <チュウ> <>
何と言ふ とも、かんと言ふ とも  ⇒  なん ヂョウ でもかん ヂヨウ でも
画をかいたと 言ふた ⇒ かいた チュウ け
朝、本を呼んだと 言ふけ ⇒ 読んだ  け
やら」  ⇒ ダノ
何 やら かに やら  ⇒ 何 ダノ かに ダノ
」  ⇒ 
出来るもの   ⇒ 出来る だて 
読みません   ⇒ 読まね ゲァ
ごと」  ⇒ マヅラ
箱 ごと 貰う  ⇒ 箱 マヅラ 貰う


①の[サ]。
方向場所を示すときに、標準語では、「東へ」「山に」のように、くっつきの「へ(エ)」「に」を つかうのですが、方言では、そのどちらにも(方向でも、場所でも)すべて[サ]をつかいます。
例、・ 東サ行ぐが、西サ行ぐが。
・ 「ドゴサ行ぐ」 「東京サ行ぐ」

くっつきのもつ方言のかたちの一番大きな特徴を、まず考察しているといえます。

②③は、くっつきの省略されるかたちの例。
方言では、はたらきをうける対象「火を(つける)」の場合、[を]は省略され、「火〇つける」のかたちの例示。

③での、くっつき[は][が]の場合。
≪「人が行く」「犬が走る」など、人が、犬が、とはたへて言ふことなく、発声を略して[ア]といふこと下の如し。≫と次の例をあげています。
例、・ とりア 飛ぶ。 (鳥が飛ぶ)
・ つきア 出だ。 (月が出た)
・ かぜア 吹ぐ。 (風は吹く)
・ あめア 降る。 (雨は降る)

[が][は]の省略は[ア]だけになることの考察です。それぞれ主格となる名詞の強調のためのようですが、くわしいことは不勉強でわかりません。

④の例は、「ばかり」にみられる方言のかたちです。
このくっつきは、「大体の量をしめす」「範囲を限定する」につかわれますが、方言では、「ばかり」の[か]の音を脱落させ、[ばり]のかたちをとります。「菊ばり植えだ」「国語バリ勉強した」のようにです。また、[ばり]の[り]が、[す]に転じて、「花ばす(ばし)」「水ばす(ばし)」のようにつかわれることへのこまやかな考察があります。

⑤[の] ⇒ [な]
・ 「この本は私ののである」 ⇒ 「この本は私のなだ」
・ 「その筆は太郎ののである」  ⇒ 「その筆は太郎のなだ」

文語での場合、「私のものである」というふうに、「私の」のくっつきのあとに「もの」を入れて、「持ち主の指定」を強調したものでしょうか。その「もの」の「も」の脱落が「の」。そのかたちが、方言では[な]に転じたものと考察。

この例は、現代では文語のかたちを残す「の」が、さらに転じて(脱け落ちて)、「私なだ」「太郎なだ」のようになります。このかたちが、現代での、方言の文法的なかたちといえましょう。

⑥[とか] ⇒ [でが]
≪「とか」といふこと少なく、「明日行くでが」「今来るでが」の如く、デガといふこと多し≫とあります。「とか」の意味は「不確かである」ことを指すのですが、方言でのかたち「でが」となると、「明日行くでが」の例の場合、「行くというのか」(いま来るというのか)ではたずねる意をもちます。不確かをたずねるのですから、「とか」にそのまま通じるのですが、はっきりしません。

方言のかたち「でが」のほかに、「とか」そのままの濁音化をとった、「どが」(「行くどが」)のかたちでもつかわれるようです。

⑦[といふ(という)]の方言でのかたちの考察。
(イ)[ちょー]
例、何ント言フトモ、カント言フトモ
⇒ なんぢょーでも、かんぢょーでも

この[ちょー]のもとのかたちは、≪万葉集の「青柳をかた糸に より鶯のぬふてふ 笠は梅の花笠」などの[てふ]即ち[といふ]の約(つづ)まれるものの濁りたるものなるべし≫としています。

(ロ)[ちゅー]
例、画ヲカイタトイフタ ⇒ 画かいだちゅーけ

≪「といふ」の約(つづ)れたもの。万葉集五の「うけぐつをぬぎつる如くふみぬぎて行くちふ 人は岩木よりなりでし人か云々」、日本後記の「けさあさけ鳴くちふ鹿のその声を聞かずば行かじ夜は更けぬとも」などの[ちふ]…≫

(イ)(ロ)ともに万葉集・日本後記などの古語に方言のもともとのかたちを見いだしているのがわかります。

(ハ)[つ]
例、今朝本ヲ読ンダトイフケ ⇒ 読んだっけ

これは(ロ)の[ちゅー]の長い音が略され、さらにその[ちゅ]が[つ]に。この[つ]は、[け]の上に限って用いられ……「なんだづが」に。

古語の「といふ」(という)からの三っつの方言のかたちを考察。

⑧「やら ⇒ ダノ
考察は次のようです。

〔「何やらかにやら」などヤラともいへど、多く「何ダノかにダノ」「あれダノこれダノ」の如くこのヤ ラをダノといふ。ダノは「など」の転訛なるべし。]

⑨[か] ⇒ [が]
「出来るものか」「そんなものは苦しいものか」などの反語を「出来るだてが」「そたものア苦すだてが」といふ。「読むが」「思うが」の如く、(が)と濁りていふ。[マセンカ]をば[ねヤゲヤ]といふ。
例、・ えでャねヤげャ(ヨイデハアリマセンカ)
・ よまねげャ (読ミマセンカ) 〕

ここでは反語の場合の[か]が、方言では[が]になるとの考察。これは、ほかにも、たずねる文をつくるときの「読むか」「思うか」が、きまって「読むが」「思うが」となることにも触れています。

また、たずねる文のていねいな言い方をつくるとき、「読まねャげャ」となるとの考察。同じ[が]であっても、方言での違いを明らかにしています。

⑩[ごと] ⇒ [マヅラ]
〔「箱ゴトもらふ」を「箱マヅラ貰う」といふ。総べてかゝることをマヅラといふ〕とあります。『秋田方言』での用例なども参考のひとつに。
・ 皮まずら食ってしまった(皮なり食ってしまった)

「皮なり」の[なり]は文語かと思われます。この文語[なり]と[まずら]との関係は不明です。

「箱ゴト」の「ゴト」は、そのものといっしょに、それぐるみの意。「皮ゴト食う」などとよくつかわれるかたちですが、方言「まずら」との関係は説明されていません。

横手でのこの方言のかたちに、「皮マンズラ(マンジラ)」もあり、また「皮マンチカラ(マンヂガラ)」もあって、「まずら」のもともとの古いかたちを残すものなのかも知れません。

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