六、≪参考≫≪参考(2)≫ 『喧喧諤諤』 (けんけんがくがく)
わたしたちが、ふだんつかっている語(ことば・または文)には、「過去における人びとの思考活動の成果」が、「社会的に定着している」もので、そうした「過去の思考活動の成果のたすけをかりて」、現在のわたしたちはあたらしい現実にたちむかっている……という要旨といっていいでしょう。過去の思考活動の成果をになっている言語のたすけなしには、いまのわたしたちの言語活動は成り立たないというわけです。 ところが、「過去の思考活動の成果」をあやまってつかってしまうという≪誤用≫があります。≪誤用≫とわかれば、あとは正しい使い方にもどればいいのですが、その≪誤用≫が「社会的に定着して」しまった例もみられるのです。たとえば、『喧喧諤諤』(けんけんがくがく)といった語など。 ふだん、あまり耳にすることが少なくなった語なのですが、この語のあしあとを少しさぐってみようかと思います。 視力が落ちてなのか、細かい活字がみえにくいので、手もとに「電子手帳」とかいうらしいのがあって、指先でちょこちょこ押すとパッと熟語漢字があらわれる重宝なものです。「早引き漢字辞典」(旺文社)とか。これをつかって、「けんけんがくがく」をさがすと、パッと出てくるのが、『喧喧囂囂』(けんけんごおごお)。いくらやっても『喧喧囂囂』なのです。別にして、「がくがく」だけをおすと、『諤諤』は出てくるのです。
この『例解国語辞典』(昭和32年版)には「喧喧がくがく」も、また、「がくがく」も出ていません。この年代では、「喧喧がくがく」の語の≪誤用≫は、まだ社会的には認められていなかったということでしょうか。こうした語は、漢語ですから、『新漢和辞典』(大修館書店版/初版発行・昭和38年/四訂版・昭和50年)をさがしてみると次のようです。
この『新漢和辞典』でも≪誤用≫は取り上げていません。【侃侃諤諤】も(出典は「論語」)、【喧喧囂囂】も、そのもともとの語のかたちを正確にあげているのがわかります。さすがに漢和辞典です。 そこで、図書館へでかけてかたっぱしから調べてみました。図書館もさすがは古いものは置かないようですが、とにかく棚の辞典類を調べました。まず、『大辞林』(三省堂)(昭和63年〔1988〕新/平成年1年〔1989〕 7刷)によると次のように変化があらわれます。
同じような説明が『国語大辞典』(小学館)にもあります。
ふたつの辞典とも、【喧喧諤諤】(けんけんがくがく)の語はもともとはちがった語であり、ふたつの語の≪混同≫であり、≪混交≫なのだとしています。つまりは、≪誤用≫を認めているものといえましょう。このことをはっきりと言い切っているのが『講談者カラー版日本語大辞典』(平成一年 <1989> 第一版)です。
平成一年版『日本語大辞典』では、 <「喧喧諤諤(けんけんがくがく)」ともちいるのは誤り> としています。辞典が「社会的に」この語の≪誤用≫を認めたということです。 ≪混同≫≪混交≫≪誤り≫といった、この語のもつ事情を、天下の『広辞苑』でみると次のようです。『広辞苑』の初版は昭和30年(1955) 5/25、昭和44年(1969)5/16、に第二版が出され、手もとにあるのは、この第二版補訂版(昭和51年 <1976> 12/1)です。
このように、『広辞苑』初版、二版には【喧喧がくがく】は記載されていないのがわかります。三版は市の図書館にもないのですが、四版になってようやくの登場です。
天下の『広辞苑』も、≪誤用≫を無視できず、四版にいたって≪混交≫をあげるようになります。初版(1955/昭和30年)から、四版(1991/平成3年)までは36年たっています。はじめは認知されなかった【喧喧諤諤】でしたが、ようようにして≪誤用≫が「社会的に」認められ、≪誤用≫ としての使用が「一般化され」るようになったわけです。五版は(1998/平成10年)で、おなじ記載内容です。 『辞書』に、ようよう登場、ひとりだちを認められた格好なのですが、この意味の厳密な規定は、やはり、これから十年先になるのかも知れません。ことばと言えども、そのかたちと意味は、ともに生きてうごいていることの証しのひとつと言えるでしょうから。 (1999・2/28) |
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