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六、≪参考≫

≪参考(4)≫ 『…こ』(接尾辞)

『秋田方言』(昭和四年・県学務課刊)によれば、

んこ(全県)大便(幼児語)

が、まずあります。横手をはじめ、全県にわたっての方言であるとしています。この「んこ」は、幼児語の例ですが、ことばの終わりに、「…こ」つくものは、「花っこ」「にゃんこ」「皿っこ」のように横手地方ではよくつかわれることばです。しかし、こうした「…こ」のつくことばのすべてを方言としてしまうのは早合点で、天下の『広辞苑』をはじめ、いろいろな辞書にりっぱに出ています。ここでは、まず、『国語大辞典』(学研)でみると次のようです。

こ  ≪接尾≫
(1)「…こと」の意を表す。「うそっこ」「慣れっこ」
(2)「互いに同じ動作をする」「相競う」などの意を表す。「恨みっこ」「にらめっこ」「かけっこJ
(3)「…の状態」の意を表す。「ぺしゃんこ」「どんぶらこ」
(4)親しみの気持ちを表す。「べごっこ」
(参)(4)は東北地方の方言などで多く用いる。
(5)話し言葉や、俗な言い方の語を作る。「端っこ」「餡こ」
☆うんこ・代り番こ・隅っこ・ちゃんちゃんこ・ にらめっこ・ぺちゃんこ・根っこ……

この(1)〜(3)にあげられてある「慣れっこ」「にらめっこ」「かけっこ」「ぺしゃんこ」などを、「…こ」がつくから、方言だとする人はいないでしょう。日常、なんともなしに使っているのだとしても、「…こ」には、それぞれにもつはたらきをちゃんとになわされていることがわかります。

(4)では、(参考)として、特に東北地方の方言に多いことをあげています。横手地方にも、「べごっこ」を例とするようなつかいかたは、身の回りにおおいことを、「親しみの気持ちを表す」とまとめています。

一般的には、いちおうこうまとめることができるでしょう。

はじめにあげた「んこ」のもともとのかたちは「うんこ」です。これは、(5)にはいるでしょう。「うんこ」についての、『広辞苑』での解説は〔幼児語。ウンはいきむ声。コは接尾語〕としか説明していません。 それはそれとして、方言「んこ」は語頭「う」の脱落(ぬけおち)、ちょうど返事の場合の、「うん」の語頭の脱落による「ん」となるのと同じく法則的です。しかし、現代では「んこ」も変わってしまい、「うんち」になってしまったようです。でも、この語は、まだ辞書にはのっていないようです。

ところで、『秋田方言』に、とりあげられてある「…こ」のなかから、横手・平鹿地方分を抜き出してみると次のようになります(おおまかに分類したのは、この項の説明のため)。 <* これは昭和四年(1929)の刊行ですから、今、平成十年(1998)では約60年前>

(1)身近な生活用品(食品・道具)などに関するもの

ひろこ (蒜)ぜんこ (銭・ぜに)
かぶこ (蕪)ふろこ (こんろ)
にじんこ (にんじん)ねねこ (子どもを負うときの綿入れ上着)
ぶりこ (ハタハタの卵)ゆっこ (お湯)
おしろこ (みそ汁)えっこ (家)
こっこ (粉)だまこ (お手玉)
しぇぁこ (お菜・おかず)とどこ (蚕)
かさこ (木製の椀のふた)どとこ (魚)
かんこ (環)なんこ (馬肉)
じゅっこ (重箱)まるこ (便器)
どらんこ (煙草入れ)すんぺこ (竹木の梢)
ねこ・ねっこ (泥炭)べぁこ (根性)

(2)人に関するもの

えんつこ (巫女)なんこ (酌婦)
おどごこ (男の子)えっぺあこ (小さい人)
おんばこ (女の子)にがっこ (赤ちゃん)
じょっこ (嬢さん)

(3)位置・空間に関するもの

すまこ・すまっこ (片隅)はんちこ (端)
ひどっこ (窪地)ひやこ (小路)

(4)「少し」などの量に関するもの

ひてぁこ (ちょっとの間)したばりこ (そればかり)
してぁこ (ちょっと)したばこ (そんなに少しばかり)
してぁっこ (ちょっと)あんたばこ (あればかり・あれっぽっち)
さとびゃこ (少しばかり)

(5)そのほか

ぼろっこ (かたまり)すかんこ (カタバミ)

(1)の「身近な生活用品など」にあげられた語は、ほとんど60年前とかわらずに、今もつかわれているといえそうです。「おしろこ」(みそ汁) は、横手では「おづげ」「おづげっこ」のかたちをとります。また、「ねねこ」は、「ねこ」「ねねこ」のかたちをとることもありますが、衣生活の大きな変化のあとをうけて、今ではそのものをさえ見ることができなくなってしまったようです。それとは別に、「ねこ ねこしぇな」と幼児を寝かしつけるときの語は生きています。もちろん、「とどこ」(蚕)、「なんこ」(馬肉)、「ねこ・ねっこ」(泥炭)、「どらんこ」(煙草入れ)…などは死語に近いでしょう。

(2)での「人に関する」語では、「えんつこ」(巫女)、「にがっこ」(赤ちゃん)などは横手ではあまり耳にしない語です。「おどごこ」(男の子)は、「おどごわらし」が普通でしょう。それに、「あんこ」(兄)もあって、使われ方は多様です。

(3)の「位置・空間に関する」語は少ないのですが、まだまだあるのではないでしょうか。あげられてある語は、戦前・戦後の頃の横手の町のただずまいとにおいといったものをさえ感じさせてくれるようです。

(4)は、「少しなどの量」ですから、これまでの「名詞」ではなく、「副詞」につくものと言えるでしょうか。おしまいの「さとびゃこ」は横手では使ったものだったでしょうか。郡部のものかも知れません。

(5)は「そのほか」になるのですが、「ぼろっこ」は、(雪道の下駄などにくっついた雪のかたまり)なのですから、現代では「下駄」そのものがくらしから遠いものになってしまい、死語に近いでしょうか。「すかんこ」を(カタバミ)としているのですが、これは(スイバ)のことで「すかんぽ」といったものではないでしょうか。


ここまで、『秋田方言』にとりあげられてある横手・平鹿地方分の「…こ」のつく語を見てきたのですが、これは、≪方言研究≫のためにあれこれと収集したものであって、だからといってこれらがみな方言とは言い得ないでしょう。この『秋田方言』の≪語法≫の考察に「方言の語法的考察」(第二章・名詞)があって、これをまとめにしたいと考えます。

そのまえに、いくつかの辞典でのまとめをみておきたいものです。まずは天下の『広辞苑』ではどうなのでしょうか。

こ[接尾]
「こと(事)の下略」。「うそっこ」(略)
互いにすること。相競うこと。「駆けっこ」
さま。そういう状態。「どんぶらこ」「ぺちゃんこ」
特に意味を持たず種々の語につく。東北地方の方言などに多い。「牛(べこ)この子っこ」「ちゃわんこ」「ぜにこ」

まず、①〜③までの記述にはうなずけます。しかし、その④の「特に意味なく種々の語につく」と、いかにも東北方言などでの、 <意味のなさ> をとりあげ、それが当然のように記述されていて、フにおちません。 この記述のしかたには古い時代の <方言蔑視> の抜き難い根っこをみる思いがしてならないのです。「意味なく種々の語につく」その例としてあげられてある、「牛(べこ)この子っこ」などでは、ふつう、「べごの子っこ」と言うように、とくに「子っこ」のめんこさを強調するはたらきをあらわします。それこそ、「意味なく」なんてものではないのですから。

さすがに『日本大国語辞典』(「小学館」)では

コ(接尾)
①〜③(略)
名詞などに付いて、小さなものの意を表したり、親愛の情を表したりする。「べごっこ」「にゃんこ」など。
名詞に付いて、幼児語または俗語として用いる。「はじっこ」「すみっこ」
〔方言〕 名詞に付いて親愛の情を表す。
  「馬こいる」「酒このむ」     岩手・青森・宮城・秋田

「端(はじっこ」も「隅っこ」も、それに、「べごっこ」さえも方言などとはいっていません。〔④…小さなものの意を表したり、親愛の情を表したり…〕と、そのはたらきをまっとうに認めています。これこそ辞典といえるものです。

横手の人をはじめ、東北に住む人たちは、「小さなもの」への特別な感情をたいせつに育ててきたように思われます。きびしい自然条件のなかにあって、「小さなもの」、また、「弱いもの」などへのしぜんな人間的なやさしい感情をつよくいだいてきたものと思われてなりません。

昭和四年(1929)刊行の『秋田方言』(県学務課編)は、その≪方言の語法的考察≫で、するどい分析を果たしています。さきの『広辞苑』での〔特に意味なく…〕などとは比べものにならない正確さを示しているといえるのです。

* 方言の語法的考察(「第二章/名詞」)

☆ (二) 名詞の下に接尾語をつけること。

(1)少・小、または親愛の意味をもつもの。(略)
(2)他を蔑ろ(ないがしろ)にする意味をもつもの。
「はだぎ(畑)この 一町歩こばりこ(許り) もてだで(持ってて) なだけな(誇るに足らない)」
「中学校さ 五年ばりこふぇったって(入ったって) 学者づらこして(学者ぶって) なだけな」
(3)親愛から転じて謙遜(けんそん)の意味をもつもの。
「よーよ(ようやく)、卒業こぁ でぎだんしてぁ」
「ちょっと 相談こ しに来たんし」

なんともするどい分析です。とくに、(2)と(3)の論究は、いまはやりの大辞典でさえなしえないほどの仕事を残したものといえます。とくに横手では、「先生(しぇんしぇ)っこ」、「医者っこ」などと、自分で使えば、それは <謙遜> の意となりますが、他人がそれをいうとなれば、 <侮蔑> の意になってしまいます。こうした地もと足もとの方言へのふかい考察をなした『秋田方言』の功績は、さすが!といえましょう。

方言のことは方言に聞け!たかが、「…こ」だとしても、その土地に根ざし、その土地の人びとの感情とともに育ったきた方言のありのままに、しっかりした目を向けたいものです。


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